2001年の日銀量的緩和、デフレスパイラルの回避狙う=議事録

日銀は29日、2001年1〜6月の
金融政策決定会合の議事録を公表した。

2000年8月に政府の強い反対を押し切って
ゼロ金利政策を解除したが、米IT(情報技術)バブル崩壊
国内景気が暗転、2001年3月に当座預金残高をターゲットにした
量的緩和という未知の政策に突き進む。

一部委員が市場のイリュージョン(幻影)に依存した
効果のはっきりしない政策と疑義をはさむが、
世界同時株安が進行、デフレスパイラル懸念が強まる中、
市場・政治などからの緩和期待を背景に、速水優総裁が
前のめりで議事を進行していた実態が明らかになった。

2001年は年明け以降、米国の経済減速と株式市場の変調を
きっかけに日本の株安が進み、日銀に対して「ゼロ金利回帰」や
「金融緩和」の待望論が高まった。

日銀は1999年2月にゼロ金利政策に踏み切った時のような
金融システム不安は生じていない、との認識から、
2001年1月19日の会合では政策金利である
無担保コールレート翌日物を0.25%に維持する。

しかし、翌2月9日の会合では、政府・与党の株価対策と
足並みを揃える形で、公定歩合の引き下げと補完貸付制度
ロンバート型貸出制度)の新設などの流動性供給策を決定。

2月28日の会合では政策金利の誘導目標を0.15%に、
公定歩合を0.35%から0.25%にそれぞれ引き下げ、
本格的な金融緩和に舵を切った。

2月28日の会合では、朝方に発表された1月の鉱工業生産指数
前月比3.9%減と大幅に落ち込み、日経平均株価が一時、
1998年10月につけたバブル経済崩壊後の最安値を更新、
金融機関が保有する有価証券の「含み損」が拡大して
信用不安が台頭するとの懸念が広がった。

政府側出席者の若林正俊財務副大臣が、金融政策決定会合に先立つ
23日に開かれた臨時関係副大臣会議の議論を踏まえ、
「複数の副大臣から金融の一層の緩和が必要であるという意見や、
インフレ・ターゲティングを採用すべきといった
強い発言があった」と金融緩和を強く要請。

会合の最中にも1月の建設工事受注統計や新設住宅着工戸数の悪化が
公表される中、委員らはさまざまな緩和策を提案する。

田谷禎三審議委員は、午前の議論の段階で「前回会合時より
経済の先行きについては弱めの方向を示唆する指標が
かなり多い」として、政策金利0.1%、公定歩合0.25%への
引き下げを前回会合に続いて提案することを表明する。

中原伸之審議委員は、それまでの会合と同様にゼロ金利への復帰と、
物価安定目標付きマネタリーベース・ターゲティングを採用する
量的緩和への転換、さらに、公定歩合を0.1%まで下げるように提案。

篠塚英子審議委員は現行の金融市場調節方針は現状維持のままとしながら、
消費者物価指数の対前年比伸び率が安定的にゼロ以上になるまでの間、
国債買い切りオペを現行の月4000億円から倍の8000億円に
増額する案をそれぞれ提案する。

植田和男審議委員は、現在考えられる政策として、
1)国債買い切りオペの増額に加え、2)金利もしくは量についての
時間軸政策、そして3)為替介入を挙げ、「これは我々ではなく
財務省の担当である。しかし現在残されている非常に有力な数少ない
金融緩和政策の一つであることは間違いない」と述べている。

提案乱立を受け、武富将審議委員は「4つぐらい議案になりそうなものが
提示されているが、大変民主的といえば民主的であるが、
思想の統一がない」とし、「今日のところは現状維持にして
次回までにもう少し理論的にも実務的にも詰めることを
詰めるべきではないか」と述べている。

一方、篠塚委員は「こんなに沢山出るとは思っていなかったが、
結局これだけ色々な案が出るということは、やはりもうこのままでは
駄目だと皆さんある程度思っているからだと思う」と、
追加緩和圧力を受け、焦る委員らの心情を率直に語っている。

興味深いのは速水総裁が、午前の議論で「今日のところは
現状維持がいいと思っている」と話していながら、午後に一転して
「今ここで日銀として何か市場にアナウンスした方がいいのであるなら、
先ほどどなたか言っていたように0.25%を10ベーシスポイントくらい
下げてみてはどうか」と田谷委員の利下げ案に賛同する点だ。

政府・市場からの緩和圧力が強まるなか、委員からの提案乱立を受け、
緩和を提案せざるを得なかったと推察される。

結果としてこれが議長提案となり、同日の会合で利下げが決定されたが、
当時の活発な議論と日銀執行部の迷走ぶりが窺えるエピソードといえる。

なお、この時点で植田委員は、量的緩和議論の高まりを受けて
「非常に単純な意味では余り意味がない政策であると申し上げてきたし、
今でもそう思っている」、「0.25%であるオーバーナイト金利
ゼロまで引き下げて行く過程においては量的緩和
ある程度しなければならない点で意味があるかと思うが、
そこを超えてしまうと量が増えること自体にほとんど意味が
ないと私は思う」との持論を展開している。

量的緩和に踏み切った3月の会合は、米NASDAQ市場の
2000ポイント割れにつれる形で日経平均が1万2000円割れと
なるなど世界同時株安が進行する中で開かれた。

前日18日に森喜朗首相が米国に向かう政府専用機内で、
金融政策について「日銀の所管事項だが、諸般の状況を
勘案されつつ適切な対応がなされるものと期待している」
と追加緩和への期待感を表明したと報じられる中、前のめりに
議事を進行する速水議長の姿が際立つ。

藤原作弥副総裁は「金融政策運営上もデフレスパイラルの危機が
強くなってきたことを前提に考える必要がある」と強い危機感を表明し、
「未知の領域に足を踏み入れることもやむを得ない」と
政策の枠組みを大転換する必要性を主張。

速水総裁も「歴史に例をみない超低金利政策を続けてきたが、
日本経済は持続的な成長軌道に復するに至っていない。
思い切った金融緩和の領域に踏み込むこともやむを得ない」と続き、
金利に代わって日銀当座預金残高をコントロールする量的緩和政策を提案する。

速水総裁の提案に対し、従来から量的緩和を提唱してきた
中原委員や藤原副総裁らが賛同する一方、量的緩和の効果に
否定的な見解を示してきた植田委員は「量の直接な影響があると
主張するのはそう簡単ではない」としながらも、「マーケットなどに
量そのものが何か影響するのではないか、ひょっとしたら
イリュージョン的なものがある、あるかもしれないことも
また無視できないとも思う」と消極的に賛成する。

武富委員は「当座預金をとりあえず5兆円とすることの意味を
もう一度くどいようだが確認しておきたい」、量を目標とすることは
「相当イリュージョンだと思われる怪しげな理屈に乗る訳である」
と疑問を呈している。

山口泰副総裁は、量的緩和採用後、当座預金残高を
「どれ位増やす用意を持っているのかといった辺りの
議論が残っている」と指摘。

「実質的にゼロ金利にするために5兆円程度リザーブ
当座預金残高)を供給するという理解がある一方で、
必ずしもそうならなくてもいいという理解も
もう一方にあるようである」として、異例な政策は
ゼロ金利が目標なのか、量が目標なのかを質している。

採決直前に政府側出席者の村上誠一郎財務副大臣が、
量的緩和は「実質的にゼロ金利と同じ様な内容だと
表明する訳か」と質問。

速水総裁が「ゼロ金利を含む趣旨である」と説明し、
村上財務副大臣が「分かった。結構である」と述べるやり取りがある。

2000年のゼロ金利解除を失敗とし、ゼロ金利への復帰を望む
政府側の意向と、単純な復帰ではない新たな政策の枠組みと
強調したい速水総裁、双方の面子がにじむ。

速水総裁は量的緩和という未知の領域に踏み出すことについて
「これだけで日本経済が自律的な回復軌道に戻ることは
とても無理だと思うが、今度こそ不退転の決意で構造改革
進めていかなければならない」とし、「そういう意味では
今回の方法はゼロ金利よりいい」と強調する。

その後、量的緩和政策は2006年3月に解除されるまで
5年間にわたって続けられた。

日銀では、当時の量的緩和政策について、金融システムの安定化に
貢献したものの、経済活動や物価への刺激効果は限定的だったと評価している。