残高目標の下振れ許容めぐり激論=2005年上期日銀議事録

日銀は31日、2005年1月から6月に
開かれた金融政策決定会合の議事録を公表した。

当時は金融システム不安の後退で金融機関の
資金需要が減少し、量的緩和政策の
当座預金残高目標の維持が難しくなりつつあった。

5月の会合で残高が目標を一時的に下回るのを
容認するが、市場の実情に合わせて残高の縮小を
望む委員と、減額が緩和効果を弱めると懸念する
委員との間で、激論が交わされた。

そこでは、量的緩和の効果をめぐる
見解の違いが浮き彫りになった。

現在の黒田日銀が進める量的・質的緩和政策に
対する評価の違いも、当時からの見解の相違と
関連する部分があり、その意味でも
興味深い内容となっている。

当時は2001年にスタートした
量的緩和政策の5年目。

当座預金残高目標を2004年1月に30兆〜35兆円程度に
引き上げて以来、2006年3月の量的緩和解除に至るまで
2年2カ月にわたり政策変更のない無風の時期にあたる。

2005年上期は、物価は依然マイナス圏にあり、
量的緩和解除条件を満たしてはいなかったものの、
4月にはペイオフ全面解禁が実施される程度までに
金融システム不安が後退。

日銀の資金供給が予定額に対して未達となる
札割れが頻発し、量的緩和からの出口が
連想されやすい環境だった。

ペイオフ解禁直後に開催された4月6日の会合では、
総合商社出身の福間年勝委員が「金融政策の正常化に
向けた第一歩を踏み出すことが重要」とし、残高目標を
27兆〜32兆円に減額するよう提案する。

民間エコノミスト出身の水野温氏委員も「必要とする以上に
流動性を供給する場合、様々な弊害や副作用も出てくる」として、
福間提案に4月28日会合から賛同した。

これに対して岩田一政副総裁は、量的緩和
「金融システム安定のためとの認識に
やや疑念がある」(4月6日)と批判。

武藤敏郎副総裁も「最終目標はデフレ脱却。

金融システム不安1点にあったというのは
少し違うのではないか」(4月6日)と反論し、
粘り強く残高維持を続ける重要性を強調する。

5月20日の決定会合では福井俊彦総裁が、
残高が目標を一時的に下回ったり上回ったり
するのを許容する「なお書き」を提案する。

しかし、政府側の出席者からは「下振れが
発生した場合にはできるだけ早期にこれを
解消する必要がある」(内閣府の浜野潤・
政策統括官)との要望があり、早期の
緩和縮小を警戒する様子が浮かび上がっていた。

6月15日の会合でも、委員らの激論は続く。

中原真委員は「市場では『日銀はやはり何とかして
目標引き下げを進めていきたいと思っている。
なお書きはそのための地ならしである』と
受け止める向きが多い」と指摘。

西村清彦委員は「日銀に対する信認を失うのは
一瞬である」と述べ、緩和縮小の前倒しと
受け取られるリスクを警戒する。

岩田副総裁は「量的緩和の本質は、ゼロ金利
その継続期間に関する時間軸効果」と喝破し
「残高目標を下げてしまうと、時間軸効果を
自分で壊してしまう」との懸念を表明していた。